研究分野
今井研究室で取り扱っている研究分野は,ひとつの研究室としては非常に広範囲ですが,敢えて一言で言うと『Investment Risk Management』といえます.
所属学生は,
(1)自分で完全にトピックを見つけてきて,それをseedsとして参考文献をあたり,研究テーマを選ぶ
(2) 今井研のNotion資料 『研究テーマ思いつき』のリストから,テーマから相談の上決定する.
(3) 今井研のプロジェクトの一部を担当し,それを卒業研究とする.
と言う形で,卒論テーマを決定します.
研究の全体像
今井研究室で扱っている研究対象は,広く投資に関わる不確実性(リスク)です. ここでいう投資には,株式や債券,金融デリバティブなどの金融投資はもちろん,不動産や設備への実物投資,人材・ソフトウェアなどのインタンジブルな資産への投資を含みます. それらはすべて最終的に個人や組織のキャッシュフローに影響を与えるからです. また,リターンを求めるオフェンシブな投資だけでなく,業務遂行上のミスや不正防止などに関わるオペレーショナル・リスクの実現を防ぐためのディフェンシブな投資も含みます.
研究の究極のゴールは,未来のための合理的な行動原理を考えることです. そのための第1段階として,その分野のこれまでの状況を理解することが必要です.そのために行うのがデータ分析です.
金融商品の過去の価格や会計情報のように,比較的良質なデータが大量に存在する分野においては,統計的学習や機械学習の技術を使って実証分析を行います. 一方,新規事業や,ベンチャーの評価,新技術,イノベーションといったことを扱う場合には,十分なデータが存在しない(scarce data)ケースが多いです. このような場合には,定性的な情報やモデリングの技術を駆使して,過去の分析を行います.
データを使った分析は,あくまで過去に起こったことが情報源になっており,今後も引き続きも同様の状況が継続して続くとは限りません. 将来が高い確率で予測できる場合もごくまれに存在しますが,多くの場合には将来を完全に予測することができません. したがって,次に必要なことはリスクの認識となります.
リスクにも様々な種類があり,それに応じてその処理方法が異なります. 今井研究室では,過度に単純化したモデルを用いるのではなく,できるだけ現状をありのまま捉える努力を行います.その結果,想定する世界はより複雑なものにならざるを得ません. それら複雑な社会現象,経済現象を分析するための手法として,シミュレーション技術の開発を行っています.
現状の分析,リスクの認識が終わればそれらを踏まえて,将来のよりよい意思決定の分析が始まります. 最適化手法はもちろん,シミュレーション技術を応用した強化学習のなどを援用して,より優れた意思決定の支援を行うことを目指します.
今井研究室のプロジェクト
今井研究室には,教員と複数の学生が協力して取り組むプロジェクトが存在しています.
ADPRL (Approximate Dynamic Programming & Reinforcement Learnin) プロジェクト
シミュレーションを基盤とする金融工学の手法開発 シミュレーションを基盤とする金融工学の手法開発 ADPRLとは,オペレーションズリサーチ分野の『動的計画法』と,機械学習分野の『強化学習』の考え方を兼ね備えた,統合的アプローチの名前(今井研の命名)です.
2015年からこの考え方を提唱し,推進しています.
2018年度は,IBM Watsonを活用した研究についてSummer projectで多数の学生が取り組み,それが発展して卒業研究の一つとなりました
2021年には,「A numerical method for hedging Bermudan options under model uncertainty」が発表されました.
2022年度は,金融デリバティブの利用によるworst case scinarioを回避する経営戦略の研究を継続しています.
プロジェクト・シミュレーション
ADPRLを構成する重要な数値計算技術としてシミュレーション技術があります.中でも,金融市場の不確実性や金融商品の動きを分析する上で,
乱数を用いたモンテカルロ・シミュレーションは,非常に重要な数値計算技術です.
モンテカルロ法(MC)は元々物理学の分野で利用されていましたが,現在では研究はもちろん金融実務においても欠くことの出来ない基幹技術といえます.
研究室では,その中でも準モンテカルロ法(QMC)という方法に着目し,その技術の開発を長年続けています.
上の図の左側がモンテカルロ法で用いられる乱数,一方の右側は準モンテカルロ法で用いられるLD列と呼ばれる数列です.
さらに,準モンテカルロ法の実質次元減少テクニックを用いると,上の図の例のように,下の問題が50次元の問題であるのに対し,
実質次元減少テクニックを用いると非常に低次元(ほぼ1次元)の問題に書き換えられることを証明しました.
プロジェクト:カーボン
2022年秋から始まった企業との共同研究プロジェクトです.
地球温暖化,SDGs,ESG投資,持続可能性社会への移行など,近年は地球全体の問題に対して,金融システムを駆使して貢献していこうという試みが始まっています.
1. 環境省の「環境と金融に関する専門委員会 報告書」
2.
野村資本市場研究所,「大規模災害の増加と拡大する保険リンク証券」-日本での活用可能性-
研究室では,COの価格導出に使われている統合評価モデルに着目し,将来的にはリアルオプションの知見を生かして,企業の経営戦略や財務戦略についての研究を行おうと計画しています.
このプロジェクトは,(1)現実のデータを用いて統計学習,機械学習による実証分析とモデル作成,(2)確率モデルを用いた最適意思決定,(3)金融商品の値付け,販売促進など,様々な側面からの研究が必要不可欠であり,そのため,企業に加えて,他研究室との協働プロジェクトとなっています.
新4年生がこのプロジェクトに興味を持って参加してくれることを期待しています.
プロジェクト・ベンチャー
ベンチャー企業が成長するために,ベンチャーキャピタル,銀行,提携企業はどのような条件が必要か,という視点で調査研究中の共同研究プロジェクトです.
このプロジェクトでは,データマイニングてきなアプローチ,すなわち,
専用のデータベースからスタートアップ企業の財務データを実証的に分析し,そこからの知見を明らかにするアプローチとともに,スタートアップのこれまでの知見を利用して,スタートアップやベンチャーキャピタルの視点からの成功の要因をモデル化すると行った研究を行ってきています.
企業がイノベーションを生み出すために必要なことは何なのかを,理工学的な思考と技術で定量的に分析していこうというプロジェクトにつながっていきます.
いわゆる金融工学の知見は,プロジェクトの重要な基幹技術となりますが,それ以外のファイナンスや,マネジメント,リーダーシップ,組織論のような話も関わってくると予想されます.
新メンバーは,自分の強み(選好)を生かして,これらのプロジェクトの一部分の役割を担ってもらえたらと思います.
参考記事:「なんちゃってユニコーン」は破滅の道 米著名ファンドSozo代表が警鐘
プロジェクト・メディカルケア
いわゆる,医療問題を金融工学の視点から考えようというプロジェクトです.2023年度にはより大きな視点「ジェロントロジーと科学技術の関係を考える」というシンポジウムに参加しました.
金融ジェロントロジーとは,「金融」と「老年学(ジェロントロジー)」を組み合わせたもので,高齢化が金融に与える影響を分析する学問分野のことです.
例えば,年金保険を販売している生命保険会社にとって,保険加入者が想定より長生きすることは財務面でのリスクとなります.そのため,金融工学・保険数理分野の知見を生かし,長寿連動変動利付債(longevity bond):実際の死亡率に連動して,支払いクーポンが変動する債券の発行を行います.
日本全体で,介護のリスク,認知症のリスクが高まっていることはよく知られた事実ですが,それを経済的に持続可能な形でシステム化できていないのが現状です.このような巨大な経済問題について,まずはファクトファインディングからスタートし,金融の知見をうまくこの問題の解決に生かそうと考えるプロジェクトです.
Quantitative Finance Seminar series
研究室の活動の一環として,外部から講師を招いて,それぞれの分野の活動を講演してもらう機会を作っています.
これまで,来られた講師の方とその講演内容は以下のようなものでした.
Tan先生(University of Waterloo): リスク管理,再保険について
渡辺先生(首都大学東京):オークション理論について
藤沢氏(ライフネット生命):リスク管理実務について
林先生(KBS):金融高頻度取引(HFT)について
辻村先生(同志社大学):資源・環境政策と確率制御
新井先生(慶應経済):ヘッジ戦略の数学的理論
寺本氏(UBS証券):投資銀行×理系×キャリア
Tan先生(University of Waterloo):死亡率連動証券の価格評価,効果的なポートフォリオ投資戦略
金子氏(野村證券):証券会社と学術界の関係
青木氏(明治安田生命保険):生命保険会社と学術界の関係
小池氏(一橋大学)2023/11/02 Extremal negative dependence and its applications to financial risk management
2019年度より,日本リアルオプション学会の研究部会として,DMI(イノベーション創出のための機動的マネジメント)研究部会を立ち上げました.
2024年3月には「学生を主体とした研究発表部会」の第1回部会が開かれました.2025年3月にも第2回大会が慶應三田キャンパスで開催される予定です.他大学のビジネススクールの大学院生を中心に研究発表を行い,お互いの研究に関するディスカッションを行う場として利用されています.慶應からは今井研の学生が今年度も多数参加する予定です.