リアルオプションとは? (What are Real Options?)
将来に不確実性が存在する場合には,あらかじめ決められた一つのシナリオに従って予定通り行動するよりも,環境の変化に応じて行動を変化させる方が,結果としてよりよい活動ができる可能性が高くなります.
この事実を踏まえると,プロジェクトの事前評価のときにも,晒されているリスクととそれに応じた経営者の柔軟な行動を考慮に入れたほうが,より正確にプロジェクトを評価することが出来ます.
このような経営者が持つ柔軟な行動の可能性は,権利であって義務ではありません.
つまり,経営者は,状況に応じて調達先の変更や規模の拡張,縮小,続編の作成,あるいは増刷など,柔軟な行動の選択肢を,義務としてではなく,権利として持っていると考えられます.
以上の意味から,経営者は将来の活動における柔軟性(オプション)を持っていると考えられます.
このオプションは,金融ではなく実物投資に関するオプションであることから,リアル・オプション(Real Option)と呼ばれています.
動画『Animation - Real options are everywhere!』 from COURSERA
身近なリアルオプションの例
学門の選択
高校生までの勉強と大学入学後でのより専門的な学習はその性質が大きく異なります.そのため,多くの高校生にとって入学前に自分にあった専門分野を選ぶというのはとても難しい意思決定になっています.
慶應理工学部では,受験のときに学科を選択するのではなく,入学後1年たった1年生の終わりに選択します.
これは,理工学部が入学生に満期を1年とするリアルオプション(学科の選択を1年間延期するオプション)を与えていると考えることができます.
入学生は,最初の1年間に大学で様々な基礎科目を学び,さらには大学の先生や先輩などから,受験雑誌では決して得られることのない情報を学び取り,自分の適性,選ぶべき学科探す時間的余裕を持つことが出来ます.
そして,1年生の終わりに学科を選ぶ権利を行使することが出来ます.
このような学科選択の決定を1年間を延期するというオプション(延期オプション)は価値は,学生によって異なります.
例えば,数学,あるいは物理が大好きで,大学でもそれをもっと勉強したい,と考えている学生にとっては,学科選択に関する不確実性(曖昧さ)が小さいため,延期オプションの価値は相対的に小さいと考えられます.
一方,自分の適性がはっきりしない,あるいは学科名からは具体的に何を学ぶかがわからない,という学生にとっては延期オプションの価値は極めて大きいと考えられます.
同じことは,3年生の秋に選択する研究室,大学院への進学,就職先の決定についても同じことがいえます.
重要なことは,リアルオプションの満期前に,先入観や噂,質の低いニュースなどではなく,自ら正しい情報を入手(学習)することです.
飛行機の予約
来年のお正月に,アメリカ・ロサンゼルス(L.A.)に出張を予定しているビジネスパーソンを考えてみましょう.
お正月は,旅行する人も多いため,早めに予約をしておかないといけません.ところで,飛行機の運賃にはエコノミークラスの中にも様々なクラスがあります.
JALの例ですとエコノミー(special saver)の運賃は52,000円,それに対してエコノミー(saver)の運賃は64,500円で,12,500円の差があります.
この差を生み出すものは何でしょうか?一体誰が,わざわざ高い値段を出して,エコノミー(saver)を購入するのでしょうか?
この金額の差を生み出す差の一つとして考えられるのが,運賃契約に含まれているリアルオプションの有無です.
エコノミー(special saver)は予約の変更も取り消しも認められません.つまり,いったん購入してしまうと,変更することもキャンセルすることも不可能です.
一方,エコノミー(saver)の場合には,予約の変更は出来ませんが,キャンセル料を支払うことで予約をキャンセルすることが出来ます.
すなわち,エコノミー(saver)による運賃契約には,「キャンセルすることが出来る」というリアルオプションが含まれており,そのオプション料が運賃に含まれている,と考えることが出来るわけです.
それでは,どのような人が最も料金の低いエコノミー(special saver)ではなく,エコノミー(saver)を選択するのでしょうか.
オプションの評価理論によると,それは旅行をキャンする可能性の高い人,つまり,正月の予定がはっきり固定できなくて,もしかしたら直前に用事が入ってロサンゼルス行きをキャンセルする可能性がある,
という人にとって,キャンセルの権利(リアルオプション)を含むエコノミー(saver)運賃を選択する合理性が生まれることになります.
リアルオプション思考により何が変わるのか?
リアルオプション思考を行うことで,将来にたくさんの可能性(機会)があることを理解した上で,現在の決定を行うことが可能になります.
×リアルオプションが存在しない場合,あるいはリアルオプション的な思考法を知らない場合:
学科選択の例
入学時に学科を決めてしまい,その後,選択できるその他の学科の情報を全く集めない,と言うことになります.
その他の学科のことを知らないので,1年たっても希望する学科が変更されることはありません.
初志貫徹して良いと言えなくもありませんが,,頑固,柔軟な思考が出来ない,と言うふうにも考えられます.
飛行機の例
最安値のエコノミー(special saver)を買うかどうかを今日判断して,おしまいになります.
仮に購入していたのに,用事が出来てL.A.に行けなくなれば,支払った52,000円は全額無駄になります.
仮に,購入しないと決定したばあい,結果的に用事がなくL.A.に行くチャンスがあったとしても,12月末では航空券が売り切れてなくなっているか,仮に残っていても価格は高額になっています.
◎リアルオプションの思考法を知っている場合:
学科選択の例
情報を集めて,可能性のある学科のことを調べた結果,受験のときに考えていた学科とは異なる,より自分に合った学科を選択することが出来ます
仮に,当初考えていた学科と志望が変わらなかったとしても,より自信を持って選択できます.
飛行機の例
自分が,正月にL.A.に行けなくなる可能性がどの程度あるかを見積もります.
もし,確実にL.A.に行ける状態ならば,最安値のエコノミー(special saver)を購入します.
もし,少しでもL.A.に行けない可能性があるのであれば(あるいは,いけるかどうかの判断が出来ない状況なら),エコノミー(saver)を購入することは良い選択です.
エコノミー(saver)を購入し,結果的にL.A.に行くことが出来た場合,エコノミー(special saver)よりも高い買い物をしたと思うかもしれません.
しかし,それはあくまで結果論です.重要なことは,航空券を購入した段階では,L.A.への出張がキャンセルする可能性(不確実性)があったという事実です.
将来の状況が不確実な状況では,結果論で議論することは明らかな間違いです.
リアルオプションの研究
研究では,主に企業経営の中でも重要な,長期の戦略的意思決定問題を扱います.
多くの企業では,立派な中期計画や,長期計画を策定しますが,その計画通りに進むケースはほとんどありません.
リアルオプション思考によれば,立派な計画を立てることではなく,計画通りにいかないことを前提に,継続的に作戦の変更をおこなうことが重視されます.
古典的な活用先例
天然資源開発,不動産の開発事業,電力事業,企業のM&Aの価格交渉,株価の評価,,従業員の報酬体系(ストックオプション)の開発
活用が期待されている分野例
IT分野への投資の評価,特許など知的財産の評価,インフラの開発,新技術への対応戦略,ベンチャーキャピタルの投資判断,クラウドファンディングの評価
CO2削減事業の最適なタイミングと柔軟性の確保,ベンチャーキャピタルの最適な投資タイミング
新しい分野例
経営戦略の策定,デジタル・トランスフォーメーションへの対応