まえがき

 本書の目的は,金融・証券分野の中で最も代表的な数理計画モデルであるポートフォリオ最適化モデルを解説し,モデル化の方法を修得してもらうことである.本書が対象とする読者はポートフォリオ最適化モデルを実際に使いたいと考える大学院生と実務家の方々である.

金融工学については派生証券の分析を中心にした書籍は多く出版されている.また,平均・分散アプローチを中心としたポートフォリオ分析の基本的なテキストは多い. しかし,数理計画をベースにしたポートフォリオ最適化に対する書籍は意外に少ない.日本語の本では著者の知る限り,

・今野浩,理財工学 I −平均・分散モデルとその拡張−,日科技連出版社,1995

・今野浩,理財工学 II −数理計画法による資産運用最適化−,日科技連出版社,1998

・竹原均,ポートフォリオの最適化(ファイナンス講座),朝倉書店,1997

が代表的なテキストだろう.ポートフォリオ最適化の書籍に比べ,派生証券の書籍が多い理由は,「金融工学=派生証券分析」という印象が強く,それを理解したいというニーズが多いからであろう.しかし,現代ファイナンス理論の重要な功績である「ポートフォリオ理論」も金融工学の極めて重要な研究対象である.投資信託や年金基金の運用などには,「ポートフォリオ理論」の考え方に金融工学技術を用いた商品設計能力が必要である.そこでは,どのような資産にどれだけ投資すればよいかという「最適投資問題」を解く必要があり,そのために最適化手法を用いることは非常に役に立つ.本書の読者がこのような問題を解決しなければいけないときに,本書の内容を直接的,間接的に利用できるようになることを目標としている.

本書を大きく分けると,

・ファイナンスの基礎的な教科書を勉強した人であれば,馴染み深い平均・分散アプローチを中心とした1期間モデル

・重要ではあるが,教科書では取り上げられることがほとんどない多期間最適化モデル

2部構成になっている.第1部は初学者にとっては難しく,逆に基礎的なポートフォリオ理論の知識のある人には第2部の第2〜4章は退屈かもしれない.しかしながら,初学者も第1部をきちんと修得することによって,第2部を理解することができる.一方,基礎的なポートフォリオ理論の知識のある人は復習の意味も込めて最初から読んでほしいが,第2〜4章(4.2項を除く)はとばしてもよいだろう(この部分は,Elton and Gruber(1995) に多くを負っている).

また,本書は実際にモデルを利用してもらうことを念頭に置いて執筆したが,数式展開が多いという印象を持つかもしれない.それは理解を深めるためであるが,大学教養程度の線形代数,確率統計,微分などの知識があれば,本書を読み進めることができるだろう.

 以下,本書の内容を簡単に記す.

 第1部は平均・分散モデルを中心とした1期間モデルについて説明する.1期間モデルとは,「現在」と「将来のある1時点」のみを考えるモデルのことである.第2章では,ポートフォリオ分析を行うときに必要なリスクとリターンの定義や計算方法を学び,2資産を対象にしたときのリスクとリターンの関係を理解する.第3章では,リスク・リターン空間上で記述される効率的フロンティアの考え方を理解し,それらの具体的な計算方法を学ぶ.第3章までは,投資家がどのようなポートフォリオの集合から選択すればよいか(効率的フロンティア上から選択すればよい)ということは学ぶが,どのポートフォリオを選択すればよいかという問題に対する答えは出していない.そこで,第4章では,この答えを出すために,すなわちポートフォリオ選択問題を解くために,効用関数や平均・分散モデルによる具体的な方法を学ぶことにする.また,平均・分散モデルに用いるパラメータを生成するための一つの方法として,インデックス・モデルも紹介する.第5章では,分散ではないリスク尺度を用いたモデル,すなわち平均・分散モデル以外の他のポートフォリオ選択モデルを説明する.下方リスクやトラッキング・エラー最小化モデルなどの具体的な定式化をすべて記述したので,その数式をもとに簡単に実装できるであろう.

 第2部では,多期間ポートフォリオ最適化モデルを利用した資産配分問題について説明する.多期間モデルとは,例えば,現時点,1時点後,2時点後,3時点後......というように,「現在」と「複数の将来時点」までの複数期間をモデルの中で明示的に考慮したモデルである.一般的に,このタイプの問題を直接的に取り扱って解くのは難しく,実務的に利用するためには,2種類のタイプの近似モデル(シナリオ・ツリー型モデルとシミュレーション型モデル)が提案されている.第2部では,この2種類のタイプのモデルを中心に説明し,ALM への拡張も行う.まず,第6章では,資産配分問題の概要を示す.資産配分に対する数理計画モデルとして,投資家のビュー(見通し)を考慮したモデルと最適な動的資産配分を行うための多期間確率計画モデルに必要な考え方や基本的な定式化などを説明する.第7章では,シナリオ・ツリー型多期間確率計画モデルのモデル化に必要な考え方を整理し,投資比率決定モデル,投資額決定モデル,投資量決定モデルの3つのモデルの定式化を段階的に説明する.第8章では,シミュレーション型多期間確率計画モデルについて,シナリオ・ツリー型モデルと同様に,そのモデル化に必要な考え方や具体的な定式化を説明する.第9章では,ALM問題を「負債のキャッシュ・フローも考慮した資産配分問題」と考え,資産配分問題に対する多期間計画モデルを拡張したALMモデルの構築方法を説明する.シナリオ・ツリー型とシミュレーション型の2種類の多期間確率計画モデルを用いたときのALMモデルに対する定式化も示す.プロトタイプではあるが,2種類の多期間確率計画モデルの具体的な定式化の方法を示したので,これらのモデルをもとに実務的な制約を加えれば,実際に使うことができる(実装できる)だろう.